中国資本の日本進出が止まらない。北海道のスキーリゾート「星野リゾートトマム」の買収は衝撃を与えたが、その食指は今、国内旅館に伸びようとしている。円安や東京五輪で訪日外国人がさらに増えることを見越し、最近は東京や京都といった訪日客に人気のゴールデンルートのエリア外にも投資が加速。古い体質から抜け出せず経営を悪化させる地方の旅館は“草刈り場”と化す恐れがある。古き良き日本の温泉街風景が一変しかねない事態だ。(夕刊フジ)
「『旅館を買いたい』との問い合わせは、毎日20~30件はあります」
ホテル・旅館の経営コンサルタントでホテル旅館経営研究所所長の辻右資(ゆうじ)氏のもとには、東京五輪の開催が決まった2年ほど前から外国人からの相談が殺到するようになった。7割が中国人で、日本人の投資家と競合する物件では破格の金額を提示、買収を実行していくという。
最近は地方の温泉旅館に関心が集まっているといい、「先日は日本人が8000万~9000万円とした日光の温泉旅館を1億5000万円で買っていきました」と辻氏。「中国人は温泉好き。客足が減り経営に行き詰まる地方の旅館でも中国から観光客を連れてくることで十分稼げると踏んでいる」と話す。
買収が進む背景には、業績悪化にあえぐ国内旅館の深刻な事情がある。
東日本大震災以降、国内銀行は日本人投資家への融資を敬遠。日本人オーナーの高齢化が進み、多くの旅館は古い体質から抜け出せずに今にいたっているようだ。
厚生労働省の「衛生行政報告例」によれば、国内の旅館数は全国で約4万軒(2014年度)。毎年減少傾向で、04~14年度の10年間では1万軒以上が姿を消した。旅館の客室稼働率(14年)は35・2%に止まっており、頼みの綱の外国人観光客はホテルのほか、自宅やマンションの空き部屋を有料で貸し出す「民泊」に奪われている状態だ。
後継者もなく、業績が悪化する中で持ちかけられる外国資本からの買収話はまさに渡りに船。現在、旅館オーナーに占める外国人の割合は1割程度といわれるが、5年後の東京五輪の頃には3割、10年後には6~7割にまで膨らむ可能性も指摘されている。
だが、中国資本の進出が進めば、従来は当たり前だったサービスや温泉街の風情がなくなっていくとの懸念もある。
辻氏によると、買収された国内旅館の経営は中国人自らが乗り出すケースが主流だ。
地方の旅館では徹底したコストカットを実施し、宿泊料金の改革に着手。客室稼働率100%を目指すため「例えば、従来は1万5000~2万円(8~10畳部屋)だった宿泊料を8000円程度にまで落とすだろう」と辻氏はみる。
そこで削られる可能性が高いのが夕食の懐石料理。現在は旅館といえば1泊2食付きが定番だが「夜は外食で」となり、1泊朝食付きにサービスが“格下げ”となる可能性もある。
人件費抑制のため、従業員には常にマンパワーを求める場面も増えるとみる。例えば、フロントの仕事をさせつつ客の送迎もさせるといった働き方を求めることも考えられるという。
「中国人は旅館の経営をビジネスホテルなどと同じ感覚で考えている。これまで温泉街の旅館では地域イベントなども大事にしてきただろうが、こうした行事には参加しなくなるだろう」と辻氏。「地方の温泉街では日本人従業員が中国人に使われることが一般化する日は近い」とも指摘している。
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