731部隊の人体実験・細菌戦の嘘が改めて明らかに

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悪魔の飽食


以下は、Facebookの石川様の投稿からのシェアです。
まず、本文をそのまま転載させていただきます。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1472058213052950&set=a.1383343321924440.1073741825.100007463560238&type=1&fref=nf&pnref=story

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国立公文書館731部隊関東軍防疫給水部)に関する機密文書10万頁分を公開
731部隊の人体実験・細菌戦の嘘が改めて明らかに》

今まで反日勢力に散々あげつらわれ日本の残虐性の一例として利用されてきた、悍ましい〈人体実験〉をしていたと言われる〈731部隊の作り話〉が、米公文書の公開で明らかになった。
こうして冤罪はひとつづつ晴らされて行く。

731部隊関東軍防疫給水部)は細菌戦研究はしていたものの、細菌戦を行った証拠は全く見つからなかった。
国立公文書館は、石井四郎中将を始めとする731部隊関係者の個別尋問記録や、石井中将が細菌戦研究の成果を1947年6月ごろ執筆し米軍に引き渡した事を裏付ける最高機密文書も明らかにした。

ナチス・ドイツと日本の「戦争犯罪」を調査する為、クリントン政権当時の1999年に編成された記録作業部会(IWG)は「人体実験」に留まらず「慰安婦問題」などの悪事を裏付ける文書も必死に探したが、それらを裏付ける証拠は何ひとつ見つからなかった。(つまり1999年以降の調査で「性奴隷」が言いがかりである事はクリントン政権時には既に判明していたという事だ。併し、同盟国 米国は口を噤んでいた)

奉天(現・瀋陽)の収容施設で、連合軍の捕虜に細菌実験が行われなかったかを調べたり、日本からの風船爆弾が細菌戦に使われないかを調べたりしたが「当面は細菌戦を想定していない」と結論づけた文書も発見された。
つまり米国が持っていた731部隊に関する10万ページの機密文書には、731部隊が人体実験を行ったり細菌戦を行った証拠は全くなく、戦後に言われた事は全て根拠なき捏造であったと証明されたのだ。
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731部隊というのは、もともとは昭和11(1936)年に、当時の関東軍板垣征四郎参謀長によって「関東軍防疫部」として発足した機関です。
部隊長の石井四郎軍医中将が、千葉県山武郡芝山町加茂の出身で、同郷者の出身者が当初数多くいたことから、初期の頃は加茂部隊と呼ばれたりしていました。
そしてこの「関東軍防疫部」には、同時に「関東軍軍馬防疫廠」も併設されています。
つまり、軍馬の防疫も所轄していたのです。

この二つが、昭和15(1940)年に統合されて、「関東軍防疫給水部」となりました。
これが通称「満州731部隊」です。

この部隊の大手柄となったのがノモンハン事件(昭和14年)で、このとき石井軍医中将は、特殊な技術の石井式濾水機を考案し、現地での給水活動にあたりました。
御存知の通り、大陸では洋の東西を問わず、糞尿を川にそのまま垂れ流す風習がありました。
このため過去においては西洋でさえペストが大流行し、人口の3分の1が失われるというたいへんな事態を招いています。
ですから大陸における衛生的な給水は、軍の行動にとって、とても大切なことです。

このことはすこし考えたらわかります。
日本は、国土の表土が衛生的に保たれ、山には森の樹々が茂り、その下の土は腐葉土や岩盤、砂利、粘土層など、幾重にも折り重なった地層があって、雨水が自然濾過されて、衛生的できれいな地下水が、全国いたるところで湧きます。

ちなみに、富士山に降り積もった雪が溶けて地下水となり、これが足柄あたりで湧き水となるまでに、約30年かかります。
自然は、それだけの長い時間をかけて、水を清潔で美味しい水にしてくれているわけです。

ところが大陸では、まず緑がありません。
黄砂の砂漠で、表土にはわずかばかりの草が茂るだけです。
自然に木が生えても、すぐに刈り取られたり燃やされたりするのです。
緑ができようがない。

いま、グーグル・アースなどで衛星写真を見ることができますが、赤や黄色の砂漠ばかりの大陸で、かつての満州朝鮮半島、あるいは日本軍が進駐していた支那東部に緑があるのは、当時、日本の軍関係者や民間人が「みどりの潤いがあれば人々の殺伐とした心がきっと和むに違いない」と、数十億本単位で植林事業を展開したからです。

話が脱線しましたが、そんな黄土ばかりの大陸で、軍が水を確保することは、実はとても大切なことでした。
だからそのために防疫をする。
そのための防疫の専門部門をつくる。
これは、もう当然すぎるくらい当然の活動であったわけです。

防疫ですから、当然、細菌への対策研究をします。
しかもそれは当時としては、世界最先端の防疫学上の第一級資料です。
このため731部隊の研究資料などは、戦後、すぐに米軍がすべて接取してしまいました。
この資料は、米軍にとっても、米国の薬品メーカーにとっても、きわめて貴重性の高い資料でした。
ですからその接取資料は極秘扱いとされました。

そして極秘であることをいいことに、まるで731部隊が細菌兵器開発の悪魔の部隊と言われるようになりました。
言い出し始めは森村誠一の『悪魔の飽食』です。
この小説は単なる空想話でしかないし、史実に関してあまりにも誤りが多いことが度々指摘されていたにも関わらず、いつの間にか、その小説の作り話が、あたかも真実であるかのように宣伝されました。

これを利用したのが中共政府で、中共内に「731部隊記念館」をつくり、そこに実は日本人が被害者である済南事件(http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1879.html)のときの写真を「日本陸軍七三一部隊による人体実験の犠牲者の写真」として蝋人形にして展示し、かつまた学校の歴史教科書にまで掲載しました。

斉南事件の被害者(24歳の女性)
斉南事件の被害者24歳の女性
 
支那の歴史教科書にも掲載(翻訳版)
中国の歴史教科書のねつ造記事
731部隊記念館では蝋人形になって展示
731部隊記念館に使われたウソ


風土病にコレラにペスト。
とにかく大陸は(いまもですけれど)伝染病の巣窟でした。
だから当然その研究をしたし、現地の人達に731部隊は「無償で予防接種」もしています。
その予防接種のことが、人体実験にすり替えられました。

また米国も、その史実については、沈黙を守り続けてきました。
理由については、米中の関係悪化を懸念した、あるいは薬品メーカーにとって終戦時に日本から奪いとった研究データが躍進のきっかけになっていたことを隠したかった等々、いろいろな忖度があります。
どれも当たらずとも遠からずとは思いますが、それによって日本が貶められる状況が続いていたことは事実です。

けれども、これは先日「安倍総理米議会演説と新たな世界秩序の開始」(http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2631.html)の記事に書きましたが、今回の安倍総理の米議会演説により、日米関係は、第二次世界大戦戦勝国と敗戦国という枠組みから、新たに「東西冷戦を一緒に戦い勝利した同盟国」という立場へと大きく変化しました。

今後も日米の同盟関係は、ますます強化されていくものと思われます。
そしてその中にあって、今回の「米国立公文書館731部隊関東軍防疫給水部)に関する機密文書10万頁分を公開」にも至っているわけです。
そして公開文書の中には、どこにも日本が悪辣な細菌兵器を用いたといった記録はなかったのです。

日本が世界秩序の中にあって、「第二次世界大戦の敗戦国」という立場にあったことは、同時に「敗戦利得者」と呼ばれる人や国家を勢いづかせてきました。
ですから、戦前戦中の日本を悪くいうことは、それはついこの間までは「世界秩序に基づく正義」であったわけです。

一方で、西側諸国の一員として、東西冷戦の最前線にあった南北朝鮮に関しては、南鮮が経済的に豊かな国であり、共産圏の北が貧しい国であるということが、東西冷戦において「共産主義は人類に幸福をもたらすものではない」ことのひとつの証明として、国際社会に「必要なこと」とされてきたわけです。
そしてそのために、日本は、米国の意向を受けて、十分すぎるほどの支援を南朝鮮に与え続けてきました。

韓国の間違いは、彼らの経済的成功が、「彼ら自身の経済的努力」と「反日という正義」によってもたらされたと自己肥大したことです。
彼の国の経済的成功は、実はまったく逆で、「日本からの金銭、技術、人の派遣など一切合切の支援」と、「東西冷戦の最前線のモデル国として日米による民主主義という正義」を証明するためという、目的に沿って、実は「政治的につくられた成功」であったわけです。

また、中共については、支那の巨大なマーケットへの期待があったという見方もありますが、実は、最後に残った共産主義という悪魔の思想に侵された支那を、内部崩壊に導くために、あらゆる経済的支援が与えられ続けていたのです。
支那の民衆が貧しければ、民衆には情報力がなく、結果として政府の言いなりになるしかない。
つまり隷民から一歩も出ることができない。
ところが、支那の民衆が豊かになりはじめると、自然と情報力が増してくる。
彼らが国際社会にもどんどん出てくる。
すると、自国の持つ政治体制のあまりにも理不尽な姿に、彼ら自身が気づくようになる。

これが何を意味するかといえば、中共は、もはや国家として存続することも国家を維持することもできなくなる、ということです。

まだまだこれからも、敗戦利得にしがみつく人々によって、日本国内も、また東亜の情勢も混乱が続くことと思います。
けれど、戦後70年、これまで敗戦利得者たちが主張していた、かつての日本に対する「嘘の山」は、これから次々と明るみに出てきます。

つまり、彼らの主張は、それがどんなに立派な会社や政治家や大学教授の主張や本であったとしても、あと数年のうちに、ことごとく「クズの山」になることでしょう。
世界はいま、おおきく変わろうとしているのです。

最後に、731部隊の石井四郎陸軍軍医中将は、戦後、新宿区内で医院を開業し、近隣の住民が怪我や病気になると無償で診察、治療を行いました。
このことは、昭和57(1982)年8月29日の『The Japan Times』で、報道されています。
たいへんな人格者で、多くの患者さんから慕われました。
そして昭和34(1959)年10月に、満67歳で天寿をまっとうされてお亡くなりになっています。


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